ヘルヴィルは極北の地、サスラ雪山の出身である。
彼女の一族は大溶鉱炉の庇護を受けず、山間の洞窟や野営地で暮らし、各地の都市とは全く違う生活を送っていた。だが、その極限の環境が彼女達の常人離れした肉体と意志を鍛え上げた。弱者は山々に呑まれ、歴史の影へと消えていくしかなかったのだ。
族長として、ヘルヴィルはサスラの山民の中でも抜きん出た存在である。噂ではその腕で巨木を折り、怒号は雪崩を呼び寄せ、皮膚は剣をも通さぬという。だが、それを証明できる者は存在しない。何故なら彼女に刃向かった愚か者は、例外なく二度と口を開くことはないのだから
サスラで多くの部族を統べる覇者となるには、絶対的な力を必要とする。誇り高き「山の子」を従わせるには、命を賭した戦いに勝ち続けるしかない。
先代族長のヘラスヴァグは半世紀に渡って雪山を支配し、彼に挑んだ愚か者は百を超えるが、全てが帳の飾りと化した。人々は彼が先祖と雪山の神に祝福された存在と信じ、ある者は山の神そのものであり、蒼き鷲へと姿を変えて天を翔けるのだと語った。
この神話が覆ることはないはずだった…「彼女」が死の淵から戻るまでは…
遥か昔、こんな予言があった。「永夜の双子は山の神の血を啜り、群峰の頂に君臨する」…奇しくも、ヘラスヴァグの双子は月食の夜に生を受けた。予言を恐れた大族長は命こそ奪わなかったが、雪山で最も苛烈な試練の地である「蒼白の崖」へ追放した。
そこは刃のような寒風が吹き荒れ、雪男がのさばる絶望の地であり、十歳そこそこの子が生き延びられるはずがないと誰もが疑わなかった。時は流れ、人々がその存在さえ忘れた頃、雪霧の奥から山脈のごとき巨躯が蠢き、「彼女」は現れた。
その歩みこそ、予言の成就を告げるものだった
長老達と山の民が見守る中、孤独な帰還者は、己の父にして傲然たる覇者、ヘラスヴァグとの決闘を繰り広げた。戦いは昼夜を通じて続き、ついに彼女は「山の神の血を啜った」。蒼き鷲が墜ちた夜、満月の下の群峰にその名が轟く…「ヘルヴィル!」。
彼女はサスラの王となり、その力は歴代の誰よりも強大だった。だが、彼女は知っていた。輝く烈日もいずれは沈み、咲き誇る花もまた枯れ果てると。父と同じ運命を否定する彼女は、不朽の力の源を求めて、故郷を後にするのだった